間章 隻眼の魔神・前編

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 【アポトーシス(apoptosis)】――この言葉は、生物の体を構成する細胞の死に方の一種を指し示す。  生命としての個体を、より良い状態に保つために積極的に引き起こされる<細胞の自殺>。  まさにオーディンはこの世界の細胞の一つであり、産まれた時から【死】が定められていた。  しかしオーディンと呼ばれるプログラム/生命は、死の必然を定められた己の死生観に何の感慨を浮かべる事なかった。  そして虚構たる偽りの世界の幕が開け、現実の世界でいう3ヶ月の月日が流れた頃。  遂に【神々の黄昏】が開始された。  それは確定した未来と言えよう。  産み出された数多の神々が淘汰される、世界の法則。  死ぬ為に生まれたと言っても過言では無い、己の命運。  オーディンはその宿命を受け入れ、その身に宿りし神成らざる力を思うままに奮い、戦い、数多の敵を殺し尽くした。  しかし、いつまで経っても己の死の遣いたるフェンリルが現れる事は無く、後に【厄災】と呼ばれしイベントは幕を閉じた。  唐突なる、闘争の終焉。  原始の生命、有りとあらゆる生命の種を超越した<神>と呼ばれし種族。  そしてその種族を纏め上げ、人智を越えた力を奮う神の中の神、<主神>足るオーディンは生き永らえた。  いや、生き延びてしまったと言っても過言では無い。  闘いに勝利し己の命を繋ぎ止めた訳でもなく、ただ結果として生き延びてしまったと云う事実を悟ったオーディン。  魔狼フェンリル――神砕く邪神の落とし子にして、天地喰らいし化け物。  つまりその化け物が、何者かの手によって殺されたのだ。  その事実に、オーディンの中に自分でも驚く程の様々な感情が産まれ――そして、この世界に存在する意義――死すべき理由を失う。  眩い程の感情のコントラスト。  自我とも、<心>とも呼べるプログラムの狂騒。  オーディンの中で産まれた感情の中で最も強く、最も大きなもの――それは【絶望】。  その<絶望>から少しづつ、ゆっくりと――だが確実に、この世界は歪み始めた。 間章【隻眼の魔神・前編】fin.
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