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「うるっさいわね! アンタ、私をおちょくって楽しいの?」
頬をむくれさせてリーゼロッテは不貞腐れた。幸介はそんな彼女の様子を溜め息混じりに一瞥するやいなや「あのな」と切り出す。
「委員長に頼まれちゃった以上、職務放棄というわけにゃいかんし、その様子じゃまだ覚えられてないんだろ? 校内の施設とか。それに今朝の話もあるだろ? 別に不利益を被る訳じゃないんだし、いいんじゃないのか?」
「もう……遅いのよ」
滔々とまくし立てる幸介を後目に、リーゼロッテはしばらく沈黙を続けていた。幸介もそんな雰囲気にあてられたのか、柱に寄りかかり同様に押し黙る。
しかし、やがて彼女は不意にポツリ、と言葉を零した。か細く、言葉にならない言葉。すぐさま彼女は立ち上がり、真っ直ぐに窓際へと歩み寄った。
窓に溶け出した夕闇は濃厚なオレンジ色のキャンバスに様々な色を塗布していく。リーゼロッテは吸い込まれそうなその闇の中へと、指を、手のひらを、溶かした。
ぴしり、と。
日常がひび割れる、音がした。
「逃げるわよ、幸介。ここはもう、『保たない』から――私はアンタを、助けにきたのよ」
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