第一章:世界

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当時の人が頑張ったとはいえ、現在ほどの放射能に対する知識があったとは到底思えない。となると、半ば自然の力、回復力で現在のような都市となるまでになれたのではないだろうか?とも考えられる。この広島が現在のよう に戻るまでかかった時間は、50年とかかっていない。広島の原爆ドームは、崩壊しかかってはいるものの、かたちはまだ残っている。 なお、広島で原子爆弾が使われたのが1945年。事故として、チェルノブイリは1986年となっている。現在のチェルノブイリの様子は、インターネット上で断片的に伺い知ることができる。余談ではあるが、観光で訪れることも可能 なんだそうだ。チェルノブイリで代表的なプリピャチ市の観覧車は、動かないとはいえ、象徴的でもある。ただ、現在では植物も生える土地にはなっているようだ。 仮に核が使われたと仮定して、表土には放射能の雨が降り注ぐような環境。 そこへマシンが急激に変わってしまった環境を修復するために、太陽光を遮っている雲を無くしていたのではないか?とも考えられる。 雲を無くす事によって、地表には太陽光が届き、環境の再生が行われていた。 とすると、温暖化の問題が浮上する。これには、完全に雲を無くしてしまったからではないか?との仮説で一応の決着をつけることができる。 雲がある事により、地表の温度をさげることができる。わかりにくい人には、夏に日傘をさしてみると良いだろう。
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