種火

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時はさかのぼり、リョネル戦当日。 もう一つの大きな戦いが、協会本部の島で起きていた。 発端は、ささいな会話だった。 「クロス君、なんか面白いことない?」 会長の、こんな問いかけ。 「面白いこと……ですか?」 「そうそう、最近敗戦が多くてね。まあ前からあったんだろうけど、あくまで“行方不明”だったから。実際に負けが続いて、気が滅入っちゃってねえ」 「そうですね……すみません、特に思いつきません」 「なるほどねえ……やっぱり、そうだよね」 「? 何がですか?」 腕を組み、うんうんと頷く会長ケーニヒに、秘書クロスは疑問符を浮かべる。 ケーニヒは一度背もたれに深く体を沈めて息をついてから、ふっ、と一息に立ち上がった。 「いやいや……ちょっと確認したかっただけだよ」 「会長……何を……」 上着を脱いで丸め、椅子に放るケーニヒ。 協会本部は日本とは逆に夏であるため元から薄着だったせいで、上着を脱げばシャツ一枚という格好にまでなる。 そのケーニヒは笑顔だったがしかし、底知れない迫力があった。 目が、笑っていない。 「何をって? 少し運動をしようと思ってね」 「……はは」 と、ケーニヒの謎の迫力に困惑を浮かべて後ずさっていたクロスが突然表情を変えた。 不敵に笑い、言い返す。 「運動、ね。どういう運動? この殺気は何だ?」 指摘した通り、ケーニヒの迫力とは殺気と呼ばれるものだった。 まるで、敵を目の前にしたかのような、殺気。 それに対して、“クロス”は“クロス”を演じるのをやめて、“敵”になった。 「もはや隠す気もないのかい、侵入者君」 「だってもうバレちゃったみたいだしね。なんで分かったの?」 「君は優しいからね」 ケーニヒは、目の前の、クロスの形をした誰かを油断なく睨みつけながら、確認する。 しばらく前から侵入者がいると疑っていたケーニヒは、ついにこの日、その侵入者を特定した。 「おかしいと思ってたんだ。僕が仕事をサボることに対して、急に優しくなったから。それと、とても楽しそうなのに、面白いことはない、と言う。クロス君なら私事でも正直に言ってくれるよ」 「なるほどね」 「クロス君はね、すごく鬱陶しくてすごく優秀な秘書だった。彼がいないと仕事がはかどらないから、さ」 謎の敵はニヤニヤと笑いながら、話を聞いている。
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