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去年の夏、ひろしは今日子と一緒に海に来た。
同じ車に乗り、同じ所に車を停めて、二人でいた。
そして今日子が一方的に一人でしゃべっていた。
ひろしはずっと無言だった。
今日子ではなく、じっと海を見ている。
今日子はおどおどした態度でひろしの顔を覗き込んだ。
「……それじゃあ、ジュースでも買ってくる。……ひろし……飲む?」
ひろしからの返事は何も無い。
今日子は力無く車を降り、とぼとぼと老人の様に歩いて行く。
ひろしの視線は全く動くことなく、そのまま海を見ていた。
・
暫くして車のドアが開き、今日子が入って来た。
「はい! ひろしぃ。オレンジとコーヒーと、どっちがいい?」
不自然に明るい声だった。
耳障りだ。
ひろしはやはり答えない。
ただ海を見ているだけだった。
今日子の耳にざわざわとした波の音だけが、やけに大きく響いてくる。
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