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湯気の向こうで
少し褪せた暖簾をくぐると湯気の中で僕は迷子になりそうになる
お母さんはすぐさまお水をくみに、お父さんは注文と同時に瓶ビールを受け取りにいく
(いつだって本当に迷子にはならないんだ)
お母さんの服が鮮やかで良かったなって、お父さんの背中が大きくて良かったなって思うのはこんな時なのかな
しばらくして、席に集った僕達の前にラーメンがやってくる
お父さんは紅生姜でビールを飲むのをやめ、先ずはスープを一口
うん、うん、と満足したように頷いて麺をすすり始める
お母さんはレンゲに少しの麺と木耳とチャーシューにスープをおさめると、ふぅっと数回湯気を飛ばしていく
(玉子はまだあとのお楽しみ)
僕は適温になった小さなその世界を与えられ、一口で頬張る
白濁した世界の底はなかなか見えないけれど恐れる必要は少しもなかった
意味を無くした眼鏡がカウンターで一息ついている
ここでは長い髪は何より邪魔な存在に見えた
はねて飛んだスープが一滴テーブルに落ちていく
そんな存在がある事をまだ知らずに
玉子になれるのだと信じて疑わない幼い幼い僕
湯気の向こうで世界がからになり
からになった器にまた世界が注がれていく
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