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墨の香りに包まれると、今でも時折思い出す、それは空の青、海の青。
どこまでも広がる澄んだ色。
碧に彩られたその場所で、わたしが過ごした三日間。
少し不思議で、妖しくて……非日常的な、記憶。
心にしっかりと刻まれたそれは、胸の奥でちいさな灯火となり、ほのかに輝いている。
あの頃のわたしは、籠のなかの小鳥だった。
周りで起こる悲喜こもごも。
外界で繰り広げられる様々な物語を、きょとんとした顔でただ眺めるだけの見物客。
けれどあの夏、わたしは籠を自ら壊し、外に出たいと強く思った。
それは、あの人を知ったから。
秘密と記憶と、淋しさを抱えていた彼。
初めの頃は、苦手で。でもあの三日間で、わたしは彼に対してたくさんの感情を持ち、最後にひとつの答えを見つけた。
彼に寄り添える人間になれたら、と。胸が震えるほどに願った。
子どもの甘い考えだと笑われてもいい。わたしは胸をはって言える。
あのときわたしには確かに、狂おしいほどに大切な人がいたと。
さきに言っておこう。
これは恋物語ではないし、ましてやハッピーエンドでもない。
未来へと続く、痛みと切なさが織り込まれた物語の一ページ。
わたしだけが知っている碧の輝き。
儚くきらめく、思い出。
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