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あの日以来、彼女はあいつではなく僕と会話するようになった。彼女の異変をあいつが気付く事も無く、一日、また一日と過ぎていく。
けれど、クラスの喧騒の一部となって聞こえてくるあいつの声が僕の良心を責めた。
お前が彼女を不幸にしているのだ。そう言われている気がして、頭を振る。
彼女を不幸にしたのは、僕じゃなくてお前だ。叫びたくなる衝動を抑えるため、俯いて唇を噛む。
そして放課後。
「いつも送ってもらっちゃって、ごめんね。迷惑なのはわかってるんだけど…」
申し訳なさそうな表情で、彼女は言う。
あいつと毎日登下校していたのが嘘のように、彼女は独りで帰り道を歩いていて、僕が先日、これから一緒に帰らないかと誘った。それが始まり。
僕らは毎日一緒に下校した。
それが日常になろうとしていた。
「別に構わない」
僕より少し低い彼女の顔を一瞥して、また前を向く。彼女は急に立ち止まった。
「あたし今日あのひとに言うよ。ちゃんと“友だちに戻ってください”って」
彼女は笑って、僕にそう言った。
隠れて泣いたのか、少し腫れた目が痛々しい。
「…そうか。がんばれ」
僕は口にしてから後悔した。
彼女は十分頑張っている。それなのに僕は彼女にもっと出来るだろう、と言ってしまった事になる。
しかし、僕の考えとは裏腹に彼女は一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。
「…ありがとう!」
満面の笑みはなぜだかいつものそれとは違っていた。
僕はただ一つだけ頷く。
「…………」
僕が歩き出す。彼女は付いて来なかった。
気付かないうちに彼女の家の前に着いていたらしい。彼女が止まったのはこのためか。
「――くんっ、また明日ね!」
足音の代わりのその声を背中で聞いて、微笑んだ。
彼女が、幸せになるといい。
僕はそれだけを願って、歩を進めた。
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