序章「制御不能な希望」

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ズシン、ズシン、ズシン 耳を澄ますと地鳴りのような音が確かに聞こえる。 それも ズシン、ズシン、ズシン 確実にこちらに近付きつつあった。 「あ、あれを見ろ」 一人の囚人が指を指す。 瞬間、全員の目が一斉に指の先を向く。 「マジかよ・・・・・・」 誰かがボソリと呟いた。 音の正体、それは猪だった。 しかし、ただの猪ではない。 牙が異常に長く発達し、遠巻きからでもその猪がいかに巨体かを理解出来た。 「ベヒモス・・・・・・」 シンシアがうわ言の様に言葉を漏らす。 「ヴォォォォ!!」 突然の咆哮に大気がビリビリと震える。 続けて ドドドドドーー 地響きがわき起こる。 ベヒモスがこちらに気付いて突進を始めたのである。 「う、う、うわぁぁぁぁ」 緊張の糸が切れ、恐怖が吹き出したように一人の囚人が逃げ始めた。 だが、巨駆に合わぬ速度を備えたベヒモスは呆気なく囚人に追い付き グシャーー 囚人に噛みついた。 グシャリグシャリグシャリ そんな音を全員がどこか遠くの出来事の様に聞いていた。 ただ一人初老の将軍だけが剣を抜きアレクサンドルの前に立つ。 ノソリとベヒモスがこちらに向き直る。 その鋭い目がアレクサンドルとかち合った。 「・・・・・・!」 それがアレクサンドルを現実へと引き戻す。 「ミーティア! 早く結界を開いてこいつらを中にーー」 グシャ、グシャ、グシャ 全ての言葉を言い切る前に死の現実は命を全て蹂躙していた。 グシャリグシャリグシャリ 堅い何かを噛み砕く嫌な音が静寂を支配していた。 その音が咀嚼の音に変わった瞬間 ドン 大きな音が一体に響く。 「・・・・・・っ!」 同時にミーティアの小さな苦鳴。 ベヒモスが結界に突進したのだ。 ドン、ドン、ドン 地面から頭の上まで悠に七メートルはあるだろう巨体が容赦なしに体当たりを続ける。 「大丈夫か!? ミーティア?」 「く、これぐらいなら何とか・・・・・・」 言葉とは裏腹に少女の顔には汗が滲んでいた。 初老の将軍は来るべき最悪な事態に備えて神経を澄まし剣を構える。 だが不意にベヒモスが体当たりを止めた。 そして、何か後ろを振り向いたと思うと ドドドドドーー 走り去って行った。 「・・・・・・」 突然の行動にしばし茫然としていた一行だが 「・・・・・・助かった」 誰かの一言で全員肩を撫で下ろした。 しかしその空気を 「あ、あぁ・・・・・・!」 初老の将軍の悲鳴が打ち消した。
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