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洞窟を出た狂牙は、直ぐ目の前の永久桜を見上げた。
そよ風に、短い黒髪が揺れる。
黒地の着物が、快く揺れる。
黒曜石のような瞳が、悲しげに揺れる。
大妖怪と呼ばれた彼の涙を見た者は、未だかつてない。
昔は暴君として、妖怪の間でも人間の間でも、名をとどろめた狂牙。
その彼が、一人の娘に心を惑わされていた。
美桜である。
「美桜も、もう16になったのか…」
初めは小さな“赤子”だった美桜も、今では“娘”となった。
すっかり変わり、何処か艶っぽい美桜に、戸惑いを隠せないでいた。
「永久桜。お前は何故、美桜を俺に預けた?何故…」
狂牙は咲き誇る永久桜に腕を伸ばした。
「何故、これ程までに美桜が愛しくて堪らない?」
狂牙は舞い降りた花弁を掴もうとしたが、虚しくすり抜けていった。
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