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階段下まで来た俺は、吸いかけのタバコをカッペと呼ばれていた男にスッと差し出す。
思わず男がタバコを受け取る。
男がタバコを手にして不思議そうな顔をする。
「捨てといてくれよ」
俺は男に視線を流しそう言ってニヤリと笑うと、スッと階段の上に立つ女の娘を見上げる。
女の娘は、まるで時が止まったようにぼぉっとして俺に視線を向けている。
なんだっ?……
俺は不思議そうに右の眉をクイッと吊り上げた。
ハッと正気を取り戻したような女の娘と目が合う。
「あっ、あのっ、すいませんっ。どっ、どうぞっ」
女の娘は恥ずかしそうに顔を赤らめ焦ったようにそう言うと、クルッと振り返り階段を登って行く。
俺の隣で、タバコを渡されたカッペという男が何やらブツブツと口を動かしている。
「なっ、なんで俺がっ!あんたの吸いかけのタバコなんか、捨てなきゃいけないんだよっ!!」
状況がのみ込めた男が、俺の背に向かって声を張り上げて来る。
「ちょっと、あんたっ!!」
男は更に声を上げながら、俺の後ろから靴音を響かせ階段を登って来る。
「止めとけぇぇ。お前じゃ、そいつには百万年かかっても勝てねぇぞぉ……」
その時、階段の上から一人の男の声がする。
俺のことをそいつと言った声の主は、たぶん俺のことを知ってるヤツだ。
誰だっ?……
俺はスッと右上にグッと顎を上げながら声の主に鋭い視線を送る。
カッペという男の足が、後ろでピタリと止まる。
すると、短髪の髪に濃紺の作務衣を着た男が、彫文游藝所の在る二階の壁と手すりの角からニョキッと顔を出す。
「彫松さんっ……」
外階段をくの字に折り返す所に居た女の娘が、顔を出した男を見てそう呼んだ。
彫松っ。ここの彫師か……
「よお、美優ちゃん。今帰りかい?……師匠なら、今ちょっと出掛けてるよ」
彫松は女の娘にニコッと笑いかけて、言葉をかける。
誰かはわからないが、俺はこの彫松という男と会ったことあるような気がした。
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