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その時、戦乱が巻き起こっていた。
飛び交う矢、壮絶な剣撃の嵐、命の枯れる音。
血みどろの剣を振り、彼は戦い続けていた。
「退けい、退けい」
怒号が飛び交う。
その浅葱(アサギ)色の頭巾を被った男は、馬の手綱を力いっぱいに引いて、猛らせた。
「将軍、どこまで撤退するおつもりで」
駆け出した馬に、ぴったりと寄りそう者がいた。
麾下(キカ)の人間だった。
「彊川口(キョウセンコウ)を捨て、関城(カンジョウ)まで退く。部隊を二十に分け、各山道を通って橋頭(キョウトウ)にて集結せよ。加えて、お前の隊を殿(シンガリ)に充てる。頼むぞ」
「御意に」
馬はすぐに別れ、反転して走り出す。
彼はそれを肩越しに見て、腿で馬の腹を締めた。
彼は姜維(キョウイ)、字を伯約(ハクヤク)という。蜀漢の大将軍・仮節督中外軍事に就任している男である(仮節-カリセツ-軍令違反者を死刑にできる権限のこと)。
退却の号が出されると同時に、今まで陣形を保っていた部隊が次々と崩れていく。
散り散りになった兵は蟻の群れのように、逃げ出し始めた。
三つの部隊だけは退却することなく、しっかりと敵軍の追撃を防いでいる。
味方の兵がひとりでも多く逃げ延びるよう、命を懸けて守っている。
景元四年(二六三)秋、諸軍に蜀征討の詔勅が下った。
これを受けて鍾会(ショウカイ-魏の鎮西将軍・仮節都督関中諸軍事)が十余万を、トウ艾(-ガイ-魏の征西将軍・都督隴右諸軍事)が三万を、諸葛緒(ショカツショ-魏の将・雍州刺史)が同じく三万を率いて南征を開始し、沓中(トウチュウ)に駐屯していた姜維は国家存亡の危機に際し、防衛のため東進を図った。
馬の息が荒くなっている。
全速力で、姜維は駆け続けた。
もし追いつかれれば、躊躇なく殺されるだろう。
姜維を殺せばもはや蜀漢に抗える力はなくなると、敵も理解しているらしい。
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