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自分も年をとった。 そのまま隠棲して、死んでしまいたいとも思っていた。 姜維の願いがなければ、鍾会のために事務をこなそうとは思わなかっただろう。 蜀漢は滅びてしまったのだ。 自分達が排除できなかった宦官のせいと、言うべきか。 言いきってしまって良いものなのか。 剣閣(ケンカク)での出来事で、董厥は姜維のことを少しだけ評価していた。 嫌っていた理由は、北伐だけだった。 北伐を除けば軍人であり続ける姜維のことは嫌いになれるはずもなかった。 戦場は違っても、ともに諸葛亮(ショカツリョウ)の下で戦った同士だったのだ。 董厥は政事に、姜維は軍事に。 四十年が過ぎた。 いつの間にか、互いの溝はどうしようもないほどに深まっていた。 董厥は鍾会がなにを企んでいるのか、わかっていない。 わかっていないが、再びあの帝を持ち上げる気なのだろうということはすぐにわかった。 でなければ尚書令としての董厥の力を頼る理由がないのだから。 外では魏の兵がわがもの顔で歩いている。 べつの通りでは、蜀の兵が肩を小さくして歩いている。 人々の視線はそれでも蜀の兵に注がれていた。 そんな日常を、董厥はぼんやりと見つめている。 暗愚と蔑まれ続けたあの人が、また利用される。 胸が苦しくなる。成都が活気づいているからよりいっそう、動悸が激しくなる。 素直な人だった。 帝王たる人だった。 諸葛亮のように支えることは、自分達にはできなかった。 宦官がいなくなった今なら、どうだろう。 考えてみるが、すぐに項垂れた。 自分のような老獪(ロウカイ)になにができるのか。 まして樊建のように信任を得ている者ならともかく、自分は宦官側の人間だ。 今こうして鍾会に評価され、以前と同じ事務をこなせているだけ、恵まれているのだ。 俸禄も与えられるということだし、なにに不満があると言うのか。 眩しい。 外が眩しかった。 木漏れ日が射すような、そんな温かさがあった。 空が晴れているから眩しいのだろうか。 それとも、人々が懸命に生きているから、眩しいのだろうか。 曇天の下、物を売る人の元気な声がここまで響いている。
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