9/12
前へ
/321ページ
次へ
自分の前に現れなくなった。 ついに飽きられたのかと思った。 せいせいしたようで、腹立たしいようで、無性に寂しかった。 今も平気なわけではない。 会えない理由を探す暇もないほど多忙なだけだ。 愛おしかった。 離れてみるとよくわかる。 彼女を好いていた。 その躰(カラダ)だけでなく、仕草や、考えや、笑顔や、声。 嫌いなものを見つけることができないくらいだった。 母に似ているような気がした。 母とは似ても似つかわないという気もした。 よくわからなくなったが、彼女の乳房を吸っていると安心した。 抱いていると、どうしようもなく、涙が溢れた。 もう会うことはないのかもしれない。 ふとそんなことを考えた。 言いようもない不安に駆られ、息が苦しくなった。 そんなことはあり得ない。 彼女はまた会いに来てくれると信じている。 こうして考えるだけで、動悸が激しくなった。 これを恋や愛と言わずになんと言うのかと、鍾会は思った。 彼女を愛していることに悔しさも後ろめたさもなかった。 今の鍾会なら、たとえ白知秋を姜維から奪ったと罵られても、それがどうしたと言ってのけるだろう。 それほど彼女の存在は大きなものになっていた。 仕事に追われている今だけ、大事にできないのだ。 彼女もきっと自分の大変さを理解している。 今こそ天下取りのための大事な秋(トキ)なのだとわかっている。 だから逢瀬に来ないのだと鍾会は考えていた。 すべてが終わればこちらから出向いてやろう。 そして今度は愛に溢れた交合をしよう。 彼女は泣いて喜ぶはずだ。 二人は愛し合っているのだから。
/321ページ

最初のコメントを投稿しよう!

213人が本棚に入れています
本棚に追加