12/12
前へ
/321ページ
次へ
変わった理由。 それはもうその墨染めの頭巾にある。 浅葱色の布はどこにいったのだろう。 二人の間で交わされた、自分の知らない契り。 見せつけられて、胸が苦しくなる。 自分のなにが足りなかったのだろうか。 若くて権力もあって能力もある。 たとえ最初は互いに利することだったからだとしても、何度も夜を交えた仲だった。 離れようと思っても離れられない関係だったはずだ。 しかし、黒い頭巾を見ていると、そう思っていたのは自分だけように思えて、惨めになる。 どうしようもないやるせなさに襲われる。 白知秋は去ってしまったのだろうか。 そうでなければ姜維の頭巾と布を交換する必要はないはずだ。 では、自分に黙って行ってしまったのか。 考えるたび、形容しがたい感情が湧きあがってきた。 寂しくて、悔しくて、辛くて、悲しくて。 でも、どこかで、ほっとしている。 姜維を下がらせようと思った。 その時、目が合った。 瞳の奥が光っていた。 まばゆい光などではなく、ただ静かに、星のまたたきのように光っていた。 それが揺らいだのに気づいて、ああ、泣いているんだなと思った。 滴が溢れることはなく、音が聞こえることもなく、陽炎に呑まれて、朱(アカ)い世界に消えてゆく。 そんな光、弱々しい光だった。 その時、やっぱり白知秋はもういないんだと、鍾会は理解した。
/321ページ

最初のコメントを投稿しよう!

213人が本棚に入れています
本棚に追加