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空は珍しく晴れ渡っていた。
じっとりと濡れた肌に吹きつける風。
鳥の鳴き声と森のざわめきが耳に心地よかった。
浅葱(アサギ)色の布で顔を隠した女が馬に跨って走っている。
周りには誰もいない。
緜竹(メンチク)から荒廃した剣閣(ケンカク)を抜け、漢中(カンチュウ)へ向かっている。
途中、巴蜀(ハショク)と漢中を隔てる秦嶺の端にある、人が登れるようになっている小高い山に駈け上がった。
ここに物見櫓(モノミヤグラ)を立て、遠方を見渡し、狼煙(ノロシ)によって連絡するという手段が蜀軍の間で用いられている。
他にも漢中や江油(コウユ)の山々には同じような物見櫓が至るところに設置されてあり、鍾会(ショウカイ)が漢中に侵入したことを知らせたのもこの狼煙による連絡だった。
それほどきつくない勾配の坂が漢中の方から続いている。
馬で駆けあがればすぐに辿りつける場所だった。
剣閣よりも高い位置であり、数十里先まで見通せる場所だが、巴蜀の方面は断崖絶壁となっているので進軍経路としては使えなかった。
トウ艾が転がり下りた崖でもこの場所ほど急ではない。
鍾会は時々この場所を訪れては巴蜀を望んだことだろう。
鍾会の本陣が不自然に前線に配置されていたのは、この場所を訪れるためだったのかもしれない。
ここは剣閣よりほど近い場所にある。
言うまでもなく、軍事基地などはその櫓から直接見ることができない位置に隠れるように存在しているのだが。
物見櫓以外はなにもない場所だった。
草木を掻き分けて崖のところまで行くと、櫓がなくとも遠方まで見渡せる。
馬を曳(ヒ)き、その見晴らしの良い場所まで白知秋(ハクチシュウ)は歩いて行った。
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