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歩き始めた。
話によれば、昼を過ぎれば蜀軍が北伐を開始するという。
それを見届けてから、どこか遠くへ行こうと考えていた。
姜維や鍾会の目の届かないところへ行きたかった。
開けた。
視界が一気に明るくなって、目を何度か開閉させた。
いつも厚い雲がかかっている益州(エキシュウ)だが、この日は珍しく晴れていた。
それだけで気分が高揚してくる。
妙に清々しい気になっている自分に気づいて、これもすべてを失ったからなのだなと苦笑った。
成都(セイト)は遠くて見えないが、街のいくつかは見えた。
道が整備されているという場所も少ないので、緑色と赤色の共生する絨毯(ジュウタン)が広がっているという感じである。
ただ都市の間は人の通行が多いので草木が生い茂ることもなく、赤い道が続いていた。
土壌からして、益州の大地は他の場所と違っている。
腰を下ろして、太陽が真上に昇るのを待った。
馬が隣で草を食んでいる。
蜀軍の進軍を見届けたい。
その先頭に黒い頭巾を被る人がいるのを見られたら、それで良かった。
自分のしてきたことはなにも間違っていなかったんだと、安心して消えることができる。
見たかった。
あなたが覇気に溢れて駆け抜ける様を、私はただ一目で良いから見たかった。
呟いたのかどうか、わからなかった。
無意識に声を出していたのか、心中で呟いただけだったのか、それも曖昧でわからない。
ただ、馬は草を食むのを止めて、自分の方を見つめている
雲の流れに目をとられていた。
のどかで、激動の日々から離れた実感が広がっている。
ふと、陣太鼓の音が聞こえた。
視線を地の果てに戻す。
遠方で軍隊が出動しているのが、見えた。
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