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剣を取った。
それを腰に佩(ハ)いて、もう一度手を合わせた。
鍾会だけでなく、親衛達も返事を待ち侘びているようだった。
あなたの剣となり、洛陽を目指し疾駆いたしましょう。
それだけを伝えて颯爽と立ち去る気だった。
今鍾会に罰を与える必要はない。
彼女のいない毎日を過ごすことがなによりの罰になる。
それで十分だ。
殺すのは都をとってからで良い。
姜維が鍾会に向き直り、喉を震わせようとしたその時だった。
鼻をつく嫌な臭い。
先ほどよりも強い風が吹いていた。
今度は鍾会も気づいたらしく、なにごとだと声を荒げた。
疲労が溜まっているせいか、いつもよりその声は低くしゃがれていた。
姜維は弾かれたように飛び出し、臭いのする方へ駆け寄った。
目を疑った。
成都の街は混乱していた。
ところどころで火の手があがっている。
よく見れば、魏軍の兵が街を荒らしながら進んできていた。
鍾会も杖をつきながら寄ってきて、同じように見た。
その顔から血の気が引いて行くのが隣にいるだけで把握できた。
「なんだ、あれは。いったいなにが起こっている」
震えていた。
声だけでなく、全身が震えていた。
怯えと怒りが同居している。
そんな様子だった。
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