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状況が掴めなかった。 誰もが慌てふためき、その場からぴくりとも動かないのは姜維と鍾会の二人だけである。 姜維は目を見開いて、城内に押し寄せる兵の群れを見つめていた。 武器を持っている。 陣太鼓の音。 鼻をつく腥風(セイフウ)。 血を滾(タギ)らせる気配。 次第に状況を理解した。 成都は動乱に巻き込まれた。 魏軍の兵による、叛乱。 「張翼殿に伝令。今すぐに城内に侵入し、魏軍の兵を討ち滅ぼせ。時間がない、駆け抜けろ」 麾下のひとりが肯いて、駆け出した。 他の者は姜維の傍に寄って、守りの構えを見せた。 「待て。どういうことだ、これは。謀ったのか、将軍」 相変わらず声はしゃがれている。 しかし目は狼のそれだった。 敵意を剥き出しにしている。 姜維は高鳴る鼓動を抑えながら、冷静に、真摯(シンシ)な態度で動揺する鍾会に説明した。 「これは叛乱ですよ。扇動している者がいます。魏軍はもはやあてになりません。わが蜀軍の力を以て排除します」 「排除だと。そんな、成都には私の軍がいる。まとめて蹴散らす気か」 「誰が味方で、誰が敵か。もうわかりません。鍾将軍。あなたもこの争乱を予期していなかったのでしょう。ご理解ください。このままでは成都が火の海になります」 わなわなと震えている。 事態をようやく察したのだろう。 姜維は与えられた剣を握り締め、あちこちから煙が立ち上る街を睨んでいた。 兵が一心不乱にこちらへ攻め寄せて来るが、まだ時間はある。 叛乱軍は足並みが揃っておらず、火の付け方も瑣末で自らの進軍の邪魔をしているところもある。 おそらくだが指揮する将校がいないのだ。 張翼率いる蜀軍が一角を突き崩せば、烏合の衆に過ぎない叛乱軍は散り散りになる。 まさに時間との戦いだった。 「そうか。あいつか。あいつが、私を裏切ったのか」 なにか思いついたのか、狼の目が血走っていた。 血涙を流し、牙を剥く。 杖を投げ捨て、親衛に怒鳴りつけた。 「丘建(キュウケン)だ。捜し出して殺せ。今すぐに。おまえ達は今すぐ城内に閉じ込めている将校どもを殺してこい。ひとりも生かすな。皆殺しにするんだ。いけ」 おぞましい声だった。 聞く者を恐怖させるに値する憤怒の唸りだった。
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