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動乱の音はだんだんと近づいている。 すぐそこで戦闘が繰り広げられているようだった。 「将軍」 弱々しい声がした。 あまりにもか細いので最初は空耳かと思ったが、振り返ってみると、呆然と座り込んでいた鍾会が一瞥(イチベツ)し、言葉を紡ぎ始めた。 「こんなことになるとはね。すまない。私は、思い違いをしていたようだ」 「なにを申されます。まだ、諦めてはなりません」 「君の言う通り、皆殺しにしておけば良かったよ」 ぽつり、ぽつり。 光が落ちた。 まるで彼の命が溢れ出しているようで、美しかった。 「君達の、言う通りにしていれば」 そこで言の葉は途絶えた。 動乱がすぐそこに迫って、聞こえなくなったのだ。 姜維はしばらくその姿を見つめていた。 狼が人の子になった。 その末路が、これか。 あまりにも憐れだった。 あまりにも、非情だった。 「鍾将軍。私はあなたを守ります。どれだけ絶望されようと、私は助けます。さあ、お立ちになってください。あなたが望まれるなら、私は剣になりましょう。杖になりましょう。鍾将軍、あなたはなにを望まれますか」 嘘いつわりはない。 剛直で誠実だった。 ほんとうにそのつもりで言い放った。 それに対して、鍾会は力なく笑った。 眉を下げた、あの、困ったような笑みだった。 「では、どうするべきなのかね」 答えは求めていないと、すぐにわかった。 与えられた剣を抜き身にし、あえて答えてみせた。 「ただ、戦うのみです」 火の手がすぐ近くで上がった。 叛乱の波が政庁まで押し寄せたということだった。 それと同時に、蜀軍の太鼓の音が城内のいたるところで大きく打ち鳴らされる。 さらに政庁の前で蠢(ウゴメ)いていた叛乱軍を一閃が蹴散らした。 張翼。 姜維は旗を広げた。 気づけ。 気づいてくれ。 祈った。 それでこの男が助かるなら、いくらでも祈ってやる。 蜀漢の悲願まで、あと少しのところまできているのだ。 姜の旗をできる限り大きく振って、自分達はここだと訴えた。 張翼が気づいてこちらに進軍すれば、なんとか間に合う。 蜀軍の統制のとれた動きなら、あっという間に叛乱を鎮圧できる。 熱い血潮の限り、旗を振り続けた。 いつの間にか、唇から血が滴っていた。
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