入学式

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和真は帰る途中行きつけの本屋に寄った。 入り口の上の木製の板には由緒の正しさを感じさせる字で『丸善書房』と書いてある。 この古臭さがたまらない。 暇なときは大概この本屋で時間を潰す。 今日もそうだった。 そしていつも文庫本のコーナーへ行き、有名な著者が書いた本を読んでいる。 読書は和真の趣味の1つだ。 自分で何か小説を書いてみたいと思ったこともある位読書が好きだ。 今日は例のおじちゃんはいないらしい。 彼はそこで2時間以上本を読んだあと、夕食の材料を買いにスーパーへ寄ってから家へと帰った。 「ただいま」 和真がそう言いながら家のドアを開けると中はいつもと同じように真っ暗だった。 この暗さには慣れたはずなのに、今日は何故か寂しかった。 先程の賑やかな入学式とは対照的たからだろうか。 リビングへと続く廊下の電気を点けて腕時計を確認する。 時計の針は午後5時を指していた。 彼の父総一郎は最愛の妻である景子を亡くして以来男手ひとつで和真を育ててきた。 たった今も総一郎は息子のために働いているだろう。 彼が帰ってくるのは午後7時近くだった。 それまでに和真は父と自分の夕食を作る。 それくらいしか父に出来ることが無かった。 いつも尊敬の眼差しで見ている。 でも最近の父は変わりつつある。 働きすぎのせいか、夕食の後にたくさんお酒を飲む。 もしかしたらアルコール依存性かもしれない。 時には和真に暴力を振るうこともある。 それでも彼は父総一郎に感謝していた。 リビングのドアを開けて電気を点ける。 その瞬間パンっと大きな音と共に細い紙の糸が顔にかかる。 「和真、入学おめでとう」 しわがれた声で祝福をあげたのは総一郎だった。 一瞬何が起きたのか分からなかったが、テーブルの上に置かれた豪華そうな料理などを見てようやく理解した。 嬉しいと同時に恥ずかしかった。 中学校の入学でお祝いとは少し大袈裟ではないか。 でも今までに大きなお祝いなどしてもらったことがなかった。 その上最近の父の状態でこんなことをしてくれるだなんて、夢にも思っていなかった。 だから余計に嬉しかった。
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