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『わたしの名前は、くろやぎと呼んでください。言い忘れていましたが、わたしもあなたと同じ歳で、女です。』
返ってきた返事に、僕は思わず微笑んだ。
もしかしたら、彼女は――くろやぎさんは、あの本を知っているのかもしれない。
自分の好きな本を、同い年だと言う女の子が知っていてくれることが、僕は嬉しかった。
読みかけの手紙が揺れて、窓の方を見た。
開けっ放しだったことを思い出して、閉めようと手を伸ばす。しかし、僕の前でひらひらと舞う小さな桃色の塊を見て、それを止める。
空中に漂うそれを、地面に着く前に捕まえる。
そして、窓の外を見た。
春だ。
出会いの春、まさに、それだった。
掌にある一片の花弁を見て、ふと思いつく。
くろやぎさんは、僕と同じように、本が好きなのかもしれない。
それなら。
喜んでもらえるといいな。
姿も知らない彼女の笑顔を思い浮かべながら、僕は真っ白のペンを取った。
インクには極力触らないように蓋を開けて、黒いままの中身を確認してほっとする。
いい加減、どうにかならないものか。
神に願うことなんてとうの昔に止めてしまった。無駄だってわかったから。
じゃあ、どうすれば?
答えの出ない問いを、僕はずっと考えている。
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