黒い茨

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礼拝堂では 既に 祈りが開始されていた。 遅刻だ…。いそいそと 空いている席に着く。 手を組み 前を見ると 司教のルミアとレナが 祈りを唱えながら こちらを 冷ややかに見ていた。 ―ごめん― と 両手を合わせて 形だけで 謝る。 すると ルミアが 小さく 手を 握り締めて 親指を 下に向けた。 ―後で 覚えてろ!― の合図だ。 レナは ともかく ルミアは 怒ると怖いのだ。 神よ…と 小さく十字を切ったクロスは 目を閉じ 祈りに集中した。 あの男の人は 何者だったのだろう? 何か 悩みがあって 来院したのだろうか? しかし来院は 午後からだ。 こんなに朝早くから 来院するのは 極稀(ごくまれ)だ。 急を要する何かが あったのかも? けれど…そんなふうな感じは しなかった…。 あの人は一体、誰なんだろう?すごく 気になる…。 隠し事を見透かされたのだ…。 チリッと 首が 痛んだ。 気のせいか 僅かに締め付けられている。 包帯を巻いたからだろうか? いや…違う。 段々と強く確実に締め付けられている。 『ケホッ!ゲホッ…。』 苦しくて 咳込むと 礼拝堂で 祈りをしていた皆の視線が 一斉に 注がれる。 祈りが 中断されてしまうと考えたクロスは慌てて立ち上がった。口を抑えながら 礼拝堂から 退出する。 すぐ側の壁に もたれ掛かりながら ズルズルと しゃがみ込む。 首を押さえる。 あの時と同じだ。 焼ける熱さと痛みが 走る。 苦しい…。 何故 こんな目に合わなければならないのだろう? リアと 名乗った少年を 思い出す。 そうだ…全ては、彼の夢を見てからだ。 リアの僅かに 動いた唇が 形どった言葉… ―銀の薔薇― あの言葉を 呟いた瞬間に 事態は 急変した。 だけど… 僕は 知らない…。 何も分からない…。 誰か…助けて! あの見事な金髪の男の姿が脳裏を過(よ)ぎった。 途端に茨が食い込んで来る。 熱過ぎて、どうにかなってしまいそうだ。 『クロス!』 レナとルミアが 礼拝堂から 出て来た。 グッタリと しゃがみ込んでいるクロスに 駆け寄る。 『何が 大丈夫だよ!具合が 悪いなら 悪いって言えって 言ったろ?』 ルミアは まくし立てるように 怒った。 『ルミア。クロスだって わざとじゃ無いんだからさあ。もう少し 優しく言えない?』 立てる?と レナが 手を差し出す。 クロスは コクリと 頷いて レナの手を掴んだ。 『二人とも…ごめん…。』 それだけ 言うのが 精一杯だった。
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