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彼の言う通りなら、このポイントを左に倒せば僕達二人は助かるだろう。しかし、右に倒せば……彼だけがトロッコもろとも崖から落ち、海の藻屑となるか、落ちる途中で爆発したダイナマイトに、彼のその愚かしい肉体を霧散させる事になるだろう。
僕は考えた。
彼の存在意義について。
そして、彼によって与えられた人々の不幸について。
彼の言葉のまま来た道を戻り、ポイントの前に立った。
今、こちらに向かって走っているトロッコの運命は、僕の手中にある。それと同時に、彼の運命もまた、僕の手中にあるのだ。
僕は考えた。
彼による不幸。
不幸、不幸、不幸。
その時、一つの映像が浮かんだ。
泣きながら赦しを乞う、彼の姿。そして必死に少年を救おうとする、彼の姿。
非情なだけの筈の彼が、持ち得る筈のない人間らしさ。
彼を殺せという声が僕の内側を占める中、唯一残された、今にも消え去りそうな良心の呵責にも似た声が、僕を引き止めていた。
僕の身体は、そして精神は、二つに引き裂かれるかのように痛んだ。
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