Moderato

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ーガラガラッ ドアを開けると今日もまだ使われていないようで、空っぽの座席とピアノが目に入った。 ふらふらと入っていくと、出しっぱなしの薫の楽譜が目に入った。 「バッハ インベンション…ベートーベン月光…」 手に取って物色していると… 「何これ…?」 手書きの連弾用の楽譜が出てきた。 薫が作ったんかな…? ぼんやり楽譜を眺めていたら、あることに気付いた。 「これ…、」 見覚えのある、旋律。 急いで椅子に座った。 『薫、あすか、これは先生が即興で作った楽譜だよ。2人をイメージして作ったんだ。君達にあげるよ。』 あの時の楽譜にそっくりだ。 昔、いつも一緒に練習していた曲。 私の指は勝手に、旋律を奏でていた。 「よく覚えてんじゃん。」 薫の声で、私は我に返った。バッと顔を上げると入口付近に薫が立っていた。 「…ずっとこれを支えにしてきた。」 薫の足音が近付いてくる。 「ドイツで辛い時は必ず、この曲を弾いてた。」 カタンと音を立てて、薫は私の隣にパイプ椅子を並べて座る。 「ボロボロになる度に自分で新しく書き直しまでした。」 ただ、言葉が出なくて、涙が溢れた。 「俺達の曲だもんな。」 薫の人差し指が鍵盤に触れ、ポーンと音が響く。 薫が奏でる音。 「…ちょっと…。」 「ん?何?」 「これAdagio(ゆるやかに)なのに…早くない?」 私がそう言うと薫は小さく笑うと指を止めずに言った。 「俺昔から思ってたんだよ。この曲は少し早い位がいいって。俺ららしいかなって。」 「それって…Allegro(快速で)?」 「…どっちかっていうと…Moderato(ほどよい速さで)」 「…Moderato…か…。」
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