Moderato

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「え…2人ってもしかして、知り合い…?」 由美が困惑しきった顔で私と薫の顔を交互に見た。 「久しぶりじゃん、本泉。」 カツカツと靴音を立てて、薫は私に近付いてくる。 「いると思った。」 頭上から声が降ってくる。10年前は私の方が大きかったのに。 「…‥なんでこんな田舎に帰ってきたのよ。」 「東京に移ってからはピアノに専念したし、ドイツに留学して技術は向上したし、たまには休もうかなって。」 カンに障る言い方。私は黙ったまま薫を見上げた。 「本泉はどうなの?最近。コンクールとか。」 「出てないよ。そんなの。とっくにピアノなんて辞めたから。」 そう吐き捨てると、薫は顔をしかめて驚いているような、困惑したような顔をした。 「先生に会うのも、10年振りなの。」 「お前…、」 「笑いたければ笑えば?」 私は自嘲気味に笑うと薫を見上げるのを止め、下を向いた。 『まもなく開演です。』 アナウンスが流れる。私は由美を呼んで、振り返った。 「待てよ。」 背後から呼び止められて、思わず足を止めた。 「なんで…辞めたりしたんだよ。」 なんで?そんなの決まっているじゃない。 私はゆっくり振り向いた。 「自分の身の程を知ったのよ。私は、ピアノを弾くために生まれてきた人間じゃない。あんたとは違うの。」 辛くは、なかった。自分で自分の無力さを語ることは。 「由美、行こう。」 「え、あ…うん。」 小走りで会場に入り、客席の間を抜け、自分達の席へ着いた。 「驚いたよ。あすかが薫様と同じピアノの先生に習ってたなんて。」 様って何だ…様って…。 「…まぁ10年も前の話しだけどね。」 演奏が始まってからも、薫の顔が離れなかった。あの驚いた顔。逆に私が驚いた。 先生のピアノは相変わらず美しく、先生自身も少し太ったが貫禄が出ていた。 『いいかい、あすか。ピアノは上手い下手は関係ない。好きなら弾けばいいんだ。』 ふと、懐かしい先生の言葉が蘇った。
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