Moderato

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「これで満足でしょ?」 私はたくし上げていた袖口を元に戻し、逃げるように教室を出た。 『あすか、薫くんの記事が載ってるわよ。』 『え、うそ!見せて!』 『凄いわねぇ、まだ高校生になったばっかりなのに。天才高校生ピアニストだなんて。』 そうなりたかったとは思わない。ただ、私だけ追いて行かれたような、言いようのない孤独を感じていた。 昔の薫と今の薫にそれ程違いがないことには気付いている。なのにどうしても上手に接することができない。 昔のように、話すことさえできない。 きっと、変わったのは私の方なのだ。 「あーあぁ…。ないよなぁ。」 私は中庭の校舎と校舎の間の芝生に隠れるように座りこんだ。 自分のプライドの高さが嫌だった。でも負けを認めるのが嫌だった。 「なんで今更出てくんのよ…。」 ただ、忘れたかった。 自分の無力さを。 「あすか、どこ行ってたの?心配したじゃん!」 ふらふらと教室に帰ると由美がいきなり飛び付いてきた。 「あーごめんね。でもそんなに心配しなくても…。あれ、薫は?」 座席に目を向けるといるはずの薫がいない。 「ちょっと前に出て行っちゃったよ?どこ行っちゃったのかなぁ。」 「どうせ音楽室だよ。」 結局薫はピアノ馬鹿だから。私がそう言うと、由美がキョトンとした顔をした。 「あすかって薫様のこと嫌いなのかと思ってたけど、そーいう訳じゃないんだね。」 「嫌い以前の問題なの。」 「どーゆう意味だ。それは。」 背後から薫の声。 振り返る前に頭に何かを乗せられた。 「…何これ?」 手を伸ばすと懐かしい手触り。 「これ…。」 「これやってると随分指開くようになるよ。」 それは、指の練習用の楽譜だった。 「そゆことだから。」 「ちょっと、どこ行くの!?英語の補習!」 「サボる。」 そう行って薫は教室を出ていってしまった。 「…‥今更…。」 どうしろって言うの?
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