Moderato

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「…。」 「…。」 朝。席に行くと既に薫は来ていた。気まずいまま席に着く。 「…おはよう…。」 ぼそぼそと、小さく呟く。 薫には聞こえていないだろう。 でもこれが、私に出来る精一杯のこと。 ほんとに、情けない。 「…おはよ。」 耳を疑った。 思わず顔を上げ、薫の方を見た。 「…なんだよ?」 怪訝そうな顔。 「だって…今、」 「お前がおはようって言ったからだろ?何驚いてんだよ。」 聞こえてたんだ…。 思わず顔の筋肉が緩んだ。 「情けねぇ顔。」 私の顔を見た薫はそう言って笑うと、またさっきみたいに手元の本に目線を落とした。 薫はちっとも変わらない。 私はただ、泣きだしそうな自分を必死で押さえ込んだ。 「えー、ここがxとして…、」 退屈な数学の授業。 私はあくびを連発していた。 早く終わらないかなぁ…。頬杖をついて時計を眺める。 まだ20分も残っていた。 「おい、」 小声で薫が呼び掛けてくる。 私達はぴっちりと机を付けたていたので小声でもよく聞こえた。 「何?」 聞き返すと薫はノートを指差す。 『ピアノ、弾いた?』 筆談かよ…。 私はぼんやりとしながらシャーペンを手に取り 『ちょっとだけ。』 と薫の文字の下に書いた。 『そっか。』 …それだけ? 私は思わず小さく苦笑した。 別に今話すことでもない気がするんだけどなぁ…。 『またやり始めたら?』 ふと気付くと文字が増えていた。 私は少しの間手を止め、返事を考える。 何て返せばいいのだろうか…。私は困ってしまった。 『ごめん忘れて。』 見つめる先にまた文字が増えた。 謝らないでよ…。 私のペンを持つ右手から力が抜け、いつの間にか手からペンが離れていた。
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