プロローグ

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レベル300とは、「痛み刺激に対しまったく反応を示さない」状態を指す。 DOA(DEAD ON ARRIVAL=来院時心肺停止あるいは救急隊現場到着時心肺停止)状態を除けば、もっとも深い意識障害ということだ。 そのため、外来に到着した時点で隣接する救命救急センターへと搬送されることになったのだった。 ハバロフスクで買ったお土産のマトリョーシカを彼女の枕もとに置き、私は、医局でコーヒーを飲んでいた当直医に亜紀子の状態を訊く。 彼が、亜紀子のカルテを見ながら説明してくれた要点は次のようなものである。 「胃洗浄を行なったところ、未消化の食べ物のほかに、薬品臭を伴った胃内容物が採取できた。 強制利尿を行ない経過観察していると、徐々に血圧や呼吸などが安定してきた。 呼吸器を外したのは翌日の昼。 全身状態は安定してきたが、誤嚥性肺炎の所見が残っていたため、観察目的で入院継続となった」 胃洗浄では大量の微温湯が胃管を通して胃の中に流し込まれる。 そして胃を洗った微温湯は再び胃管を通って口まで戻り吐き出されるわけだ。 その時、何かの拍子で微温湯が気管に入り、それが肺にまで達してしまった状態が誤嚥性肺炎である。 搬送されてきた時の意識レベルが300であったことから、亜紀子咽頭反射がなくなっていたことは十分に考えられる。 微温湯が気管に入ってしまった理由は、たぶんそれだったのだろう。 そのことを除けば、呼吸器が外れた段階で仮に退院したとしても、彼女の生命にかかわる薬物中毒による重大な問題が残っていたわけではなかったといっていい。
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