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「なんで、お前なんだよ……」
彼は愕然とした。
かつてあの咲き乱れる鈴蘭の中で、いっそ死んでも構わないと、そう思っていた自分の命をつなぎ止めてくれた小さな恩人が、そこにいたから。自分は今まで誰に怨みを抱いてきた。本当に彼女なのか。そういった迷いが、彼の心中をグルグルと掻き乱してゆく。
そしてカタンと、滑るようにして手の中の剣が床に触れた。
俺は今、誰を殺そうとした?
仇の娘、憎き地の後継者?
相手が苦しむならば、手段を問わず、俺はこんな幼い娘をも手に掛けようとしたのか。
赤髪の男は、自身へと向けられた己の畏怖に震え、そう自問する。
「あなたが、ヴェリアーニ・エステートね?」
少女はパサリと、重くのしかかる布のミルフィーユを押しのけ、ネグリジュから除く細い足をベッドから降ろした。
「────ッ!? なんで、俺の名前……」
きめ細かな白い爪先が、ベッドの傍に揃えられた綿のスリッパへと吸い込まれる。
それから静かにリュミエールは立ち上がると、パサついたその髪を手櫛で直しながら、今にも雨音に掻き消されてしまいそうな声で彼の問いに答えた。
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