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「嘘よ、嘘嘘。そんな血気盛んにならないの。でも、ベル、不思議だと思わない? 昔、ここで男女が結ばれたのよ? ロマンチックでしょ?」
ドレスが汚れても構わないのだろうか。それとも元よりそのつもりで、安物のドレスでも着てきたのだろうか。跳ねる泥水が、ほんの少しながらもスカートの縁(ふち)に飛び散っている。
ただ、それを口にすれば今度は「抱っこして行きなさい」とでも言いそうなので、ヴェリアーニは敢えてそれを見て見ぬ振りすることにした。
「『ブリュンヒルド』と『シグルス』のお話。『ニーベルンゲンの指輪』と言ったかしら。前身は確か……スノッリ=ストゥルルソンと言う人が纏めた、アイスランド伝承の神話よ」
お気楽な奴だなぁ、と。
無邪気に笑う少女を余所に、苦笑混じりに言葉を紡ぐヴェリアーニ。
「神話、か。俺の国じゃトロイアとギリシアの戦争の神話が主だな」
「へぇ……。どんなお話なの?」
後ろ歩きで、まじまじとヴェリアーニの顔を覗き込むリュミエール。余計なことを言えば、余計深く突かれるだろう。彼の本能はそう悟っていた。
だから手短に、こう答えることにしたのだ。
「ギリシアバーサストロイア。ウィナーギリシア」
「略すな馬鹿」
薄い薔薇色の頬をぷっくりと膨らませ、面倒くさそうに台詞を吐いた赤毛の髪の男へと非難の声を浴びせたリュミエール。
そして彼から離れるように一歩、後ろへ下がった途端、
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