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「そうだな、見せてほしい」
そんな彼の言葉にリュミエールは、手の甲に撥ねた水滴を拭いながらニコリと、可愛らしく笑みを浮かべたのだった。
「ありがとう」
†
玄関を過ぎ、一つ部屋をくぐるとそこは、まるで別の空間に出たような気がした。先程まで豪華に彩られた、大理石までも敷き詰められた玄関に比べその部屋には、四、五人の家族が食事を共にできる程度のログテーブルと椅子が中央にキチリと置かれているのみで、それ以外にこれといった特徴がない簡素な造りだったのだ。
そこで一歩、ヴェリアーニは足を踏み出した。ギシリと、唸りをあげるフローリングの床。「本当にこんな家で大丈夫なのか」と心の中で呟くものの、とりあえずそのままの足取りでリュミエールの後を追うヴェリアーニ。
そして、部屋の隅に隠れるようにしてあった狭い階段を昇ると目の前に、一枚の古ぼけた扉が現れた。
どうやらここが終点らしい。彼女が歩みを止めたのだ。
「あなたにはまだ、知ってほしい"私"がいるから……」
黒ずんだ木目が瞳のようにじっとこちらを見つめる中、リュミエールはポツリとそう口にした。
けれどもそれは、周りの音に掻き消され、そのまま雑音の中へと溶けていった。
「え?」
あまりにも突然過ぎて、彼女の言葉を聞き逃してしまったヴェリアーニ。けれども、彼女の言いたかった言葉は、次の瞬間にフワリと伝わってきた。
甘い、母親の香りが漂ってきたからだ。譬え、どれ程長い年月を経ようとも変わることのないその部屋。
初めて訪れたにもかかわらず、彼は彼女が産まれたその瞬間、まるで自分もそこに居合わせたかのような錯覚に陥らされていた。
それにしても何故────、
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