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私が初めて頼子と出会ったのは、私が十二歳の時、尋常小学校の最後の夏だった。
前の年の津波で両親を失い、親戚の間をたらい回しにされていた私に、突然、朽縄家から住み込みで働けるという話がもたらされたのだ。
選択の余地などあるはずも無かった。
初めて訪れた朽縄家の屋敷は、暗く、大きく、周りの森に溶け込むように、どこまでも広がっていた。
「お前が島雄か。ユキに・・・おまえの母親に、良う似ておるわ。あれも器量良しじゃったからのう」
隅までは明かりも届かぬほど広い座敷で、フツ様は最初にそう言った。
白装束に包まれた、座布団の上に置かれた小さな置物のようなこの老婆が、朽縄家の当主であり、三ッ縄村の支配者だった。
「お前にはこれから、頼子様のお世話をしてもらうのでな。
心を尽くしてお仕えするのじゃ。
頼子様は、いずれ
「くだん」様
をお迎えされる大事なお役目の方じゃからの」
その時の私には、くだん様とは何者であるのか見当もつかなかった。
ただ、村の老人達が話しているのを前に聞いたことがあった。
昔々、朽縄家に現れたくだん様が、やがて起きる大きないくさのことを教えたのだと。
朽縄家の祖先がその教えを使って上手く立ち回り、今の朽縄家の資産が築かれたものなのだと。
私はフツ様に従い、屋敷の奥へ奥へと向かった。
通った場所をとても覚えられなくなったころ、私達はその部屋に着いた。
いや、それは部屋ではなく、蔵だった。
しっくいで塗り固められた、分厚い白い扉が私の前にあった。
後で聞いたことだが、元々あった蔵を包み込むように朽縄の屋敷が建てられたのだそうだ。
その蔵の薄闇の中に、少女がいた。
高い高い、小さな窓からひとすじ伸びる光の先に、白い着物に赤い帯、やわらかく束ねた髪は床まで届いていた。
始めて見る私を不思議気に見つめる様子に、なぜか私は亡くなった母を思い出していた。
「頼子様じゃ」
フツ様がそう言った時、私はその美しい人形のような少女の片足に、黒く太い鎖がつながれていることに気付いた。
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