一章

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「あのねぇ、直葉」 「え? 何さ、桔梗」  先程の直葉ちゃんの言葉に食べることをやめた桔梗ちゃんはベンチから立ち上がり、未だに宙を浮いている直葉ちゃんの手を握ると……。 「うわっ!?」  グイッと引っ張った。突然だったからか直葉ちゃんは抵抗せずに引き寄せられて桔梗ちゃんの左側のベンチに尻餅をついた。ちなみに右側には私が座っている。 「あいたっ! 急に何すんのさ!?」  余程痛かったのか涙目になっている直葉ちゃんの非難を聞き流し、スカートを払って再びベンチに腰掛ける桔梗ちゃん。左手は直葉ちゃんの手を握ったまま、右手だけで器用にパンを食べ進めていく。 「むぅ……」  返事が無いことにむくれている直葉ちゃんはしばらくそのままでいたのだが、不意に何か思いついたらしく、ニヤリと笑って見せた。悪戯でもするのだろうか。 「ねぇ、桔梗」 「何よ」  パンを食べ終えた桔梗ちゃんは素っ気なく返事をして、カフェオレのパックを手に取った。と同時に直葉ちゃんは何故か自身の腰の辺りを擦って。 「昨日は激しかったね、桔梗」  耳元で囁いた。何だか艶のある声で。 「……ぶふっ」  一拍間があって、桔梗ちゃんはカフェオレを吹き出した。ああ、汚い。 「ああああん、あんた、何てこと言って」  真っ赤になった桔梗ちゃんはしばらく興奮状態で凡そ日本語で喋っているようには思えなかった。それを見た直葉ちゃんが腹を抱えて爆笑していたのは言うまでもない。 「はは……何って、昨日の組み手の話だけど」 「へ? 組み手? 二人とも組み手なんてやってるの」  知らなかった。九十九神であるけど、変化することしか出来ない直葉ちゃんと、狐憑きとしての力を失った桔梗ちゃんがそんなことをやっていたなんて。 「不破先輩たちが部活中にやっているものとは比べるのもおこがましいのだけどね。少しでも身を守れるようにしたいし」 「いや、あの二人は人間と根本的に違う体の構造してるからあれに張り合おうとしたら三十年は修行しないと駄目なんじゃないかな?」  鬼の始祖を母にもつ半人半鬼の月詠先輩然り、型は無いけれど状況に応じて臨機応変に立ち合える不破先輩然り。どちらも鬼の血が流れているんだから、普通の人間では太刀打ち出来ないだろう。
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