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兄が北海道へ旅立つ前夜、あたしはリビングで雑誌を読んでいた。普段通りの夜を過ごしながら「何故、兄は遠い北海道の大学を選んだのか」との疑問に耽ってみる。
その答えは「親から離れたい、妹から離れたい」が妥当だと思う。神戸から北海道までだと年に数回しか帰れない。兄はそれ程に家族から逃れたいのだろう。
壁掛け時計に目をやれば二十三時を刻んでいる。あと数時間で兄と別れる事を思うと、胸がチクリと痛んだ。
自室へ戻ろうと立ち上がると同時に、二階から階段を降りる足音が聞こえる。
手にした雑誌の表紙絵が、一段と鮮明に見えた。
「ちょっと話あるから。車乗って」
久しぶりに正視する兄の目は透明で黒い。瞳の色を認識する程に見つめられた事が、何年か振りで気恥ずかしくなる。
「うん、いいよ」
動揺に気づかれない様に、あたしは兄から目を反らす。
玄関へ向かう兄の背中は広く逞しく、長い時の流れを象徴していた。
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