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──「ちょっと聞いてるの!? 何故もっと早く帰って来なかったのよ! 茉莉ちゃんはお兄ちゃんが心配じゃないの?」
突然声を荒げた母に、瞬時で我に返った。噛んでいた紫漬が頬粘膜にくっ付き酸味を残す。
顔を上げると肩を落とした母が映り、怒りと落胆の表情であたしを凝視していた。
「あんなにお世話になったお兄ちゃんに何故、もっと恩返しをしないの? あなたは何故、心配ばかり掛けるの?」
嘆く様な母の視線に、消えてしまいたくなる。
「どうして、あなたはお兄ちゃんの様に素直に育つ事ができなかったの? 私は何処で育て方を間違えたの?」
深い母の溜め息と共に、あたしの存在が薄れてゆく。
(じゃあ何であたしを産んだの?)
その疑問をぶつける場所が、見当たらなかった。その言葉を口にする勇気を、あたしは持っていなかった。
壁掛け時計の秒針の刻む音が静寂にリビングへ響く。
涙が頬を伝う前に、あたしは人生を止めたかった。
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