第壱夜 傷物心中

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「昔、或る処に厳格な貴族の一族が統治する大きな街が御座いました。 其の一族は古くから王家に其の街を任され、厳格ながらも優れた政治により、王家からも街の民からも信頼されておりました。 そして、其の一族の現頭首の長男には次期頭首として王家を始め、一族や民からも厚い期待が掛けられておりました。」 其の長男は其の期待に応えるべく、両親から厳しい教育を受けてヰた。 來る日も來る日も、勉学や教養を叩き込まれ、家にヰる間は息を吐く暇などほとんど無かった。 朝起きれば読みたくもない書物を読まされ、好みもしない剣術や馬術の訓練をさせられ、様々な分野の勉強に追われ、狐狩りやチェス、オペラ観賞と云ったものを趣味として教養され、出たくもない社交界や会食に連れて行かれ、食事の時でさえ細心の注意を払わされるのであった。 いい加減、息が詰まる。 しかし、長男が十八歳の誕生日を迎えると、其の窮屈な生活の中に僅かながら自由な時間が生まれた。 『見物を広め、且つ己が統治する街の現状を知る為』と云う名目で、街へ出る亊が許されたのだ。 長男にとっては、それは唯一の楽しみであった。
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