序 章

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その時悪戯心をだして、私は家にいる家族を驚かそうとそうっとリビングに入っていこうとした。 けれど、扉を開ける瞬間にガラスの扉越しに目に飛び込んできたものに体の自由を奪われた。 生まれた時から一緒にいて、私を育ててくれた人が私の知らない男の顔で優しく微笑んでいた。 蕩けるような笑みを浮かべて愛おしそうにソファで眠る母の頬を撫でていた。 そしてそっと目を閉じながらキスを落とす。 何度も何度も愛おしそうに。 大切な宝物に触れるように。 その空間だけなにかに切り取られたように優しい想いが溢れているように見えた。 ひとしきりキスを落としたあと、唇が言葉を刻む。 声は出ていなかったけれどはっきりと分かってしまった。 その唇は愛していると刻んでいた。 見てはいけないものを見たんだと思って震え始めた足を無理やり動かして音を立てないように細心の注意をしながら玄関を出た私はその場を走って逃げ出すしかなかった。 なぜか頬には涙が次から次へと伝っていた。 心臓がドクドクと大きく波打ってなにかに追われるように走った。 裏切られた。 その気持が一番大きかった。
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