とあるサラリーマン

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桐谷 志穂 / “ハリボテ”を離れてから一カ月近く。 慶介の捜索は難航していた。 野宿を繰り返しながら、多方面に移動し、タウンとの往復を繰り返しているが、慶介の手掛かりは一向に掴めない。 毎日……それこそしつこいくらいにメールを入れているが、不自然なほどに返信が無い。 「そろそろ“ハリボテ”に戻るか?」 ワニから何度もそんな提案は出たが、もうあそこに戻るつもりは無かった。 慶介を見捨てた、文字通りのハリボテの集団。 あんな奴ら、もう信じられない。 「ワニ、何度も言わせないで。もうあそこには戻らない」 「そうか……」 あたし達だけでこんな島を行動することを、ワニも不安に思っているのだろう。 もちろん、ワニ自身の強さは申し分ない。 ワニが心配しているのは浩太のことだ。 こんな森を徘徊するより、“ハリボテ”にいたほうがずっと安全なはずだもん。 「ねぇねぇ……志穂姉ちゃん」 そんな会話の途中で、浩太があたしの裾を引っ張った。 女の子みたいな無垢な瞳があたしを見上げる。 「何?」 「あれ、何かな?」 「あれって……配管?」 浩太の指差すほうには、錆び付いた配管が葉に埋もれた地面からひょっこりと顔を出していた。 「トイレの下水道かな?」 島の各所には、一応レディを気遣っているのか、仮説トイレや公衆便所が設置されている。 何らかの理由でその下水管が剥き出しになったのかもしれない。 「いや、」 その配管に鋭い視線を向けたワニが、野太い声で否定した。 「あそこから汚物の臭いはしない」 ワニの鼻が言っているのだから、ほぼ間違いないだろう。 「じゃあ一体──」 「化学物質というのか、なんというかな……とにかく嫌な臭いがするのだ」 化学物質? .
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