終わりへの始動

19/30
前へ
/1539ページ
次へ
さらに進むこと数分。 鼻には潮の匂いが届く。 「海だ」 仁が抑揚のない声で言った。そんなもの、見れば分かる。 南には広大な砂浜が広がり、北にはテトラポットが積み上げられているのが見えた。 ワニはテトラポットの積まれた北を見ながら、また鼻をピクピクと動かす。 「あっちだ」 「本当にするのか? 全然分からないが」 「潮の匂いに紛れて、僅かばかりだが漂っている。さっきよりも濃くなっているから、こっちで間違いない」 それから砂浜に沿って歩き、テトラポットの積み上げられている一帯へ辿り着く。 テトラポットの必要性に疑問を感じながらも、俺は辺りを見回した。 それぞれがバラバラに分かれ、辺りを探索する。 それからすぐのことだった。 「おい、こっちだ!」 ワニが叫んだ。 「この中から血の臭いがする!」 テトラポットの隙間を覗き込みながら、声を張り上げるワニの元に、次々と一同が集まっていく。 志穂、アンナ、仁の次に俺はその場に辿り着いた。 「退け、その図体は邪魔だ」 仁が何気に酷いことを言って、ワニを退かせると、その身体をテトラポットの隙間の中に滑り込ませる。 「なっ……」 上半身を隙間の中に完全に埋めた仁のくぐもった声が漏れ出した。 「さ、足を支えてくれ。引っ張り上げる」 仁に促され、俺と志穂がその足を押さえると、力んだ声と一緒に、仁の上半身が隙間の中から戻ってきた。 仁が抱き上げるそれは──死体。 「そんな、どうして……」 唇が震えた。 得体の知れない恐怖が、俺を蝕んだ。 誰がどうして…… 「嘘、でしょ……」 もはや、見慣れたその身体の真ん中──胸部は、真っ赤に染まり、心臓があるべき場所からは、向こう側の景色が見えた。 「心臓を一突き……」 仁は胸元で晒されたままの瞼を静かに下ろしてやる。 その変わり果てた姿は、これから起こる過酷な運命を予兆しているかのようだった。 「断じて許しはせん……」 ワニの怒りに満ちた声は、波の音によって、ことごとく飲み込まれた。
/1539ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18148人が本棚に入れています
本棚に追加