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さらに進むこと数分。
鼻には潮の匂いが届く。
「海だ」
仁が抑揚のない声で言った。そんなもの、見れば分かる。
南には広大な砂浜が広がり、北にはテトラポットが積み上げられているのが見えた。
ワニはテトラポットの積まれた北を見ながら、また鼻をピクピクと動かす。
「あっちだ」
「本当にするのか? 全然分からないが」
「潮の匂いに紛れて、僅かばかりだが漂っている。さっきよりも濃くなっているから、こっちで間違いない」
それから砂浜に沿って歩き、テトラポットの積み上げられている一帯へ辿り着く。
テトラポットの必要性に疑問を感じながらも、俺は辺りを見回した。
それぞれがバラバラに分かれ、辺りを探索する。
それからすぐのことだった。
「おい、こっちだ!」
ワニが叫んだ。
「この中から血の臭いがする!」
テトラポットの隙間を覗き込みながら、声を張り上げるワニの元に、次々と一同が集まっていく。
志穂、アンナ、仁の次に俺はその場に辿り着いた。
「退け、その図体は邪魔だ」
仁が何気に酷いことを言って、ワニを退かせると、その身体をテトラポットの隙間の中に滑り込ませる。
「なっ……」
上半身を隙間の中に完全に埋めた仁のくぐもった声が漏れ出した。
「さ、足を支えてくれ。引っ張り上げる」
仁に促され、俺と志穂がその足を押さえると、力んだ声と一緒に、仁の上半身が隙間の中から戻ってきた。
仁が抱き上げるそれは──死体。
「そんな、どうして……」
唇が震えた。
得体の知れない恐怖が、俺を蝕んだ。
誰がどうして……
「嘘、でしょ……」
もはや、見慣れたその身体の真ん中──胸部は、真っ赤に染まり、心臓があるべき場所からは、向こう側の景色が見えた。
「心臓を一突き……」
仁は胸元で晒されたままの瞼を静かに下ろしてやる。
その変わり果てた姿は、これから起こる過酷な運命を予兆しているかのようだった。
「断じて許しはせん……」
ワニの怒りに満ちた声は、波の音によって、ことごとく飲み込まれた。
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