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平凡な日常──。
俺は音楽プレイヤーのイヤホンを耳から外し、年季の入った自宅の扉を開いた。
携帯電話の液晶には、22:00と表示されていた。
自宅は家賃二万円のボロアパートだったが、駅やコンビニが近く、割と気に入っていた。
「あのハゲオヤジが……」
ヨレたスーツを無造作に脱ぎ捨て、浴槽に直行する。
疲れ切った体をシャワーで洗い流し、上司の愚痴を延々とこぼしながら、浴室を出る。
会社で抱えるストレスの大半は、その男が絡んだものだ。
22歳になったばかりの俺には、この社会は過酷過ぎる。毎日がハードだ。
シャワーを終え、ジャージに着替えると、そのまま台所へ向かい、お湯を沸かす。今時、IH付きのボロアパートなんて珍しい。
お湯を注いだカップ麺を片手にパソコンへ向かう。
十分以上掛けて、パソコンを立ち上げ、メールを確認する。
──『柏木 慶介 様』
俺の名前が刻まれたメールは、以前登録した懸賞サイトからだった。
今では、迷惑メールと大差がない。
迷惑メールを全て削除し、PowerPointを立ち上げる。
お仕事の続きが待ってる。
それも、ハゲに押し付けられたものだ。
何の気なしにディスプレイに映った自分の顔を見る。
──。
平凡な顔が映り込む。
一重の割に大きく見える目。
整った眉毛。
それ以外に、顔には特徴的なパーツが無い。寂しさすら感じる顔だ。
ごく一部の人──特に近所のおばさんたち──から、イケメンと呼ばれることがあっても、大してモテたことが無い。
運動会の徒競走でも三位をキープし続け、学生時代のテストでは“ミスター平均点”と茶化されるほど偏差値50を取り続けた。
そんな平凡、平均な俺。
この特徴の薄い顔も、その傾向が顕著に現れているようだった。
「──!?」
目を疑い、後ろへ振り返ったときにはもう遅かった。
顔に覆い被せられる布。
すぐに口を塞がれる。
必死に暴れるが、どうしても背後にいる気配には辿り着けない。
ディスプレイの中。
俺の顔の後ろに映ったのは、明らかに怪しい人影。
ありえない。
しっかりと鍵は閉めた。
俺の部屋にどうして……?
布には何らかの薬品が塗りこまれていたのだろう。
抗う意思をあざ笑うかのように、俺の意識は薄れていく。
「おめでとう──」
その男の言葉と共に、俺は瞼を下した。
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