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川沿いの一本道を歩く新宮の足取りは、異常なほどに静かだった。
しかし、その歩調にはただならぬ凄みがある。まるで獲物を狩りに向かうかのように。彼女の黒い髪と相まって黒猫のようだった。
ところで僕は、新宮ユリに少しの疑問を持っていた。
彼女は告白した時、『じゃなきゃ壊れちゃう』と言ったのだ。彼女が元々壊れているのは傍目に明らかなのに、壊れて“しまう”と言った。
つまりは彼女の《壊れる》と僕らが思う《壊れる》は別物、ということとなる。しかし、僕が愛することで彼女は救われ、僕らから見ても《壊れてない》し、彼女から見ても《壊れてない》のだ。
まあ、彼女が壊れていた理由が分からない以上、推測すら難しいし、原因や過程よりも結果の方に重きを置くタイプだから、気になって仕方ないってわけじゃないんだけどさ。
そんなことを考えていると、見知らぬ土地に来ていた。
……登山口? 看板にはかすれた文字で比樫山と書かれている。辺りは木々が生い茂り、文明的なものは自動販売機しかない。
たいした整備もされていない階段を登っていく。足元が不安定だというのに、ユリは腕を放そうとはしない。
と思ったら手を握るだけに変わった。さすがに歩きにくいことに気が付いたか。そしてリードするように僕の手を引いて歩く。
会話はない。
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