ポインセチア

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「だから、いつ帰ってくるかわからない俺なんて忘れて、ちえは幸せになれよ。幼馴染として、聡にちえのこと見てて欲しいんだ」 目を合わせることもなく、俯いたままで呟かれた言葉は、残酷で卑怯で最低な言葉だった。 「おい、それ本気で言ってるのか!? お前にとってちえはそんなもんだったのかよ!」 聡が健吾の胸倉を掴んで今にも殴りそうになっているから、爆弾を投下されたはずの私のほうがやけに冷静でいられたのかもしれない。 「いつ帰れるかもしれないし、世界中安全な場所ばかりじゃないんだ。待たせるだけ待たせて帰ってこられないかもしれないのに、待ってろなんて言えるかよ」 決して報道カメラマンというわけではないけど、外国を放浪していれば、いつ何時危険が訪れるかもしれない。 健吾は動物を撮るのが得意だけど、その動物だって動物園で撮るのとはわけが違う。 写真を撮るのも命がけなんだっていつも言ってた。 「そう、なんだ……」 いつも一生懸命で、すごく私のことを大切にしてくれていた健吾の誠実さは、こんな時こういう風に発揮されるんだ……。 どこか他人事みたいに聞いていた気がする。 「本当にそれでいいのかよ!」 1番納得がいってないのは聡なんじゃなくて、もう考えることを止めてしまった私のために怒ってくれているんだろう。 でも、1度決めてしまった考えを覆すなんて、健吾にはありえない事だから。 何も言えないまま、健吾は私が寝ているうちに荷物を纏めていなくなってしまった。 .
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