紫陽花

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「戸田さん、また寝坊ですか、もう少し早く寝たほうがいいですよ」 「無理だな、サッカーの試合が俺を寝かさない」 まるで女性にでもしつこく言い寄られているような言い草だが、ただ衛星放送のサッカー中継を観ているだけ。 それを知っているから、サッカーの翌日は濃いコーヒー。 左後ろの髪が跳ねているのが早苗だけが知る合図。 寝癖をつけている本人さえも知らない合図。 「戸田さん、これチェックお願いします」 「おう、そこ置いといて」 今日契約に行く会社に提出する資料を見てもらう。 取引先に行くまで後30分、戸田は時計をちらりと見るなり、当然のようにシャツの胸ポケットにタバコをしまうと、おもむろに立ち上がって喫煙室に行ってしまった。 「また禁煙失敗したんだ……」 廊下を少し歩いてフロアの突き当たり、大きなテラスの前の喫煙室。 テラスには季節の花が植えられた花壇があり、今は紫陽花が咲き誇っている。 .
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