異告情緒

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「…それはどういうことか、貴方はちゃんとわかって言っているの?」 「ただ身体だけが老いていくってことだろう?」 「…貴方は何もわかってないわね。」 彼女は銀色のライターを取りだして、咥えたタバコに火をつけた。 小さな炎がちりちりと先を焦がす。 「何もわかってない。」 何回か灰を落とすようなしぐさをして、彼女は繰り返して言った。 灰は 地面に小さく積もって街を汚した。 煙草を吸うときは、彼女がたいてい何か気に入らないことがあるときであった。 「君がどうしてそんなに怒っているのか、僕には分からないよ。」 そう言うと、煙草を咥えて下を向いていた彼女は勢いよく僕を睨み上げた。 「ほら、またそうやって枠にはめようとする。もう貴方は私を理解することなんて出来ないんだわ。」 「じゃあ、どう表現すれば良かったの?」 「違う、違うの。そういう事じゃ無いのよ。」 ふうっと息を吐く。 「貴方はもう、向こうがわに行ってしまった。」 「じゃあ君はどこにいるんだい。」 僕も少しむきになっていたのかもしれない。 「私はそのどちらでもないの。」 彼女はきっぱりと答えた。 「だから貴方は決して私をわかることはできないの。意思の問題ではないの。もう不可能なのよ。」 人々が行き交い、溶け合うなかで、彼女だけは全く別の世界にいるようだった。 くるっと背をむける。 「さよなら、最後に貴方と話せてよかったわ。」 そう言って歩みを進めた。 .
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