1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「…それはどういうことか、貴方はちゃんとわかって言っているの?」
「ただ身体だけが老いていくってことだろう?」
「…貴方は何もわかってないわね。」
彼女は銀色のライターを取りだして、咥えたタバコに火をつけた。
小さな炎がちりちりと先を焦がす。
「何もわかってない。」
何回か灰を落とすようなしぐさをして、彼女は繰り返して言った。
灰は 地面に小さく積もって街を汚した。
煙草を吸うときは、彼女がたいてい何か気に入らないことがあるときであった。
「君がどうしてそんなに怒っているのか、僕には分からないよ。」
そう言うと、煙草を咥えて下を向いていた彼女は勢いよく僕を睨み上げた。
「ほら、またそうやって枠にはめようとする。もう貴方は私を理解することなんて出来ないんだわ。」
「じゃあ、どう表現すれば良かったの?」
「違う、違うの。そういう事じゃ無いのよ。」
ふうっと息を吐く。
「貴方はもう、向こうがわに行ってしまった。」
「じゃあ君はどこにいるんだい。」
僕も少しむきになっていたのかもしれない。
「私はそのどちらでもないの。」
彼女はきっぱりと答えた。
「だから貴方は決して私をわかることはできないの。意思の問題ではないの。もう不可能なのよ。」
人々が行き交い、溶け合うなかで、彼女だけは全く別の世界にいるようだった。
くるっと背をむける。
「さよなら、最後に貴方と話せてよかったわ。」
そう言って歩みを進めた。
最初のコメントを投稿しよう!