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スロットルを全開にする。急激な加速度と伴にサークルを描きながら上昇する。目指す高度は7000m。そこらの雲よりずっと高い高空。真夏の陽射しとやらはここまで上がれば関係ない。この空を飛ぶ者は限られる。俺はその1人。
「7000。異常……なし。準備オーケー」
上昇から水平飛行に転じ無線に吹き込む。了解、と返ってきた声色は女性のもの。
ここから見下ろしても彼女を見ることは叶わない。
逆に彼女は俺を見ているだろう。機体のあちらこちらに設置されたセンサーで。無線で送られる簡易情報で。特に、速度計を。
俺は舵やスロットルのレスポンスで彼女に答える。
「確認終わった。合図でブースト」
「コピー」
「3、2、1、今」
「ブーストハイ」
合図と伴にスロットルをフルブーストに押し上げる。1拍遅れて水素燃焼による轟音と身体をシートに押し付けるGを感じる。
速度は徐々に上がっていき、1000km/hを超える。
舵のちょっとした弾きが大きなレスポンスを発生させる。
だから操縦桿を握る右手には取り分け神経を使う。
1100km/hを超える。
この時点で誰よりも速いはず。1秒で300mを駆ける。それは音速の0.9倍。音速――マッハの世界へと誘われる。
「………っ!」
だが駄目だった。マッハ0.98が限界だった。
機体は小刻みの、失速するような嫌な揺れを感じ、轟音だった水素燃焼も急に切れ、速度は頭打ちだった。
それは一先ずそれで良い。
音速に近い速度。
下手に舵を切れば失神するような加速度にやられてしまう。それでなくても嫌な震動は制御不能を呼び込む。
悪魔のように冷徹に、暴れる機体を制御し、徐々に速度を落とす。
気づけば高度は3000mだった。
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