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数分して格納庫に戻ると丁度文乃が書類を読み終えたところだった。本人は気にかけていないが、驚異的なスピードだ。
「今夜、時間作れるか?」
だからというほどでもないが、聞いてみた。
文乃は考えながら答える。
「うーん、書類関係は任せちゃったから……。時間はある」
「夕飯どっか食いに行かない……」
「行く」
今度は即答だった。
笑って見せるとちょっと赤面したのが可愛かった。
「じゃあ18時半に宿舎ロビーで。……シャワーは浴びろよ」
「わかってる」
語彙を強めて返答が来た。
◆ ◆
俺と文乃は、言うなれば特別な出会いをしたというわけではなかった。
文乃は特別腕の良いエンジニアとして、俺は特別腕の良いパイロットとして、この基地にやってきて、ここでエンジニアとして、パイロットとして、普通に出会った。
ただそれだけ。それだけというのが立場としてはお互いに良いのだが。
シャワーを浴びながら言った通りならシャワーを浴びるだろう文乃のことを妄想した。その類のために浴びるように言ったわけではない。オイル塗れになるのに、女性なのに、文乃はシャワーをあまり浴びないからだ。
それでも妄想してしまう。
ボサボサに伸びた黒髪は水分を吸って真っすぐに下される。小柄な矮躯はどこか幼く、あまりない胸を水滴が滴る。
ほんのりと赤みを帯びた頬、双の眼から覗く瞳。
「何考えてんだよ」
俺のことが好きだという胸はもう聞いてしまった。エンジニアとしてではなくなると彼女の言葉はもの凄く拙くなってしまうが、そう読み取れるような言葉だった。
対し俺は応えていない。テストパイロットとして、軍人として、彼女の今のポジションを脅かすようなことは憚られた。
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