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《探偵》
「人にはできることとできないことがある。そうだろ?」
一国の王に対する言葉遣いじゃないが、これはいつものこと。仕事の依頼をしてきたこの王様は当然そのあたりのことも知っているため、腹を立てることもない。
立派な王座に座り、この謁見の間に揃った兵士やら役人やらと正面に跪く俺を睥睨して、神経質そうな目付きの悪い老人は眉間のしわを深くする。
「その言葉自体はそのとおりであろう。そして直接会うこともなく人を介しての依頼にもかかわらず引き受け、速やかに達成してもらったことには感謝している」
「光栄の至りだ」
言葉の割に表情は渋い。
「……私としては無理な頼みをしているつもりはないのだが」
「確かに、一般的にはたいしたことじゃないな」
頷くと、王は確かめるように先ほどもしたその質問を繰り返した。
「ならば今一度問おう。汝の名は?」
俺は頭を掻く。
「それはちょっと」
「仕事柄問題でもあるのか?」
「いや、別に」
首を横に振ると、王はうんざりしたようにため息をついた。
「それならば、個人的な事情ということか」
「事情っつーか、こだわりだな」
王は怪訝そうに俺を見下ろす。周りの連中はさっきからおろおろと視線を泳がせていたが、そいつらも俺一人に注目する。一様に不審気だ。
「こだわり?」
「なんかかっこいいじゃん。そっちのほうが」
わりと本心からそう言った。
しかし王は嘆かわしそうに首を横に振る。
「馬鹿かお前は」
「思ったより直球だな」
王はうるさそうに手を振り、顎で俺の背後の扉を示した。
「もういい。報酬はやるからさっさと行け」
ここで引き下がるのは間違いなく賢明だが、面白くない。だから言った。
「何様のつもりだ!」
「………………」
「………………」
数秒の静寂。
「わかりやすいネタを振ってみたんだけど……なるほど。逆にツッコミにくいかこれは」
「出てけ馬鹿」
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