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「ついに」
ある夜、リコが大袈裟な身振りで言った。
「お隣の」
「ん?」
「おちびちゃんとおばあちゃんに、会いました、トサ」
「ほう、そうなんだあ」
普通の、なんでもない事が、こんなにもホットな話題になってしまっているのは、結婚というあたらしい境遇を、僕もリコも居心地のよい安心感で包みたいからだと思う。
隣人についての情報が何もないというのは、実に居心地の悪いものなのだ。
「どこで会った、トサ?」
「そこ、ベランダで会った、トサ」
リコは、顎でサッシ窓の向こうを示す。手は洗濯物をたたむので忙しいからだ。
「今日、最高のお洗濯日和だったでしょう。私、物干し竿を磨いていたら、”おばちゃん”って呼ぶ声がするの。そんな風に呼ばれたことないから、まさかでしょう?みたいな気がして黙ってたらヤダ、また、”おばちゃん”って聞こえるの。
どこかなって、キョロキョロしてたら、なーんと、お隣とうちとのベランダの境界、うすい半透明の樹脂板でしょ?」
「ああ、あれな。ベランダって災害時の避難路なんで、留め金をはずせば、子供でも開くようにしてある」
「でしょ?そこに、ちっちゃなカワイイ影が映ってるの、で、風通しのスリットからちっちゃなお目々が・・・」
「やべ、カッワイイじゃん、まじ」
「でしょでしょ?」
「んで?」
「物干し竿なんて、放ったわ。すぐ、境界板の留め金を外してあげたら、チョコチョコってちっちゃいの、裸足の女の子、お人形さんみたく、めっちゃ可愛い子」
「入ってきたんだ」
「そうなの。こんにちは、お名前は?」
リコは声まで幼女になりきって独り対話を始めた。
「・・・ミクたん」
「ミ・・・ミク?」
「いくちゅ?・・・みっちゅ。」
「三才たら、可愛い盛りだあ」
「んなのー、で、ママちゃんは?」
「よツ、核心へ、いきなり切り込んだな?リコおばちゃん」
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